郊外のしごと
教育観とビジネスの間で
はけの道学習室
鈴木 祐輔
はけの道にある小さな塾
明治時代に小金井市で初めての公立小学校が出来た金蔵院のすぐそばにある『はけの道学習室』。“はけ”とは古代、多摩川が削って出来た河岸段丘で、国分寺崖線のこと。湧水が豊富で古来から人が住み着いたこの場所で塾を開いているのは、生まれも育ちも小金井市という鈴木祐輔さん。教室から歩いて5〜6分ほどのところに、妻と小学3年生の長男の3人で暮らしています。2016年春に小学生から高校生までの少人数教室を開き、“はけ”の自宅から“はけ”の教室へと通う毎日が始まりました。
開業する前は複数の塾で講師としてはたらいてきた鈴木さん。「学生時代から、やたらと相談をもちかけられることが多くて。恋愛相談は来ないのですが(笑)」。人のために動くことが苦ではなく、自然に出来ることだったと言います。“教える”ことがライフワークになったのは自然の成り行きでした。
開業してからの暮らしの変化を尋ねると、笑いながら「寿命が伸びたと思います」という答えが返ってきました。通勤に費やす時間がなくなり生活に余裕が生まれ、スケジュール調整もしやすくなったので、子ども(長男)の行事に参加できるようになりました。家庭や地域のことに目が向き、身体的にも健康的になったそうです。
経験を積み、教育観を自覚するように
塾講師のしごとは、放課後から夜の時間帯、サラリーマンの“アフター5”が一番忙しいという職業。どうしても夜型になり、朝は家族が家を出る時間にはまだ寝ている状態で、すれ違いの毎日でした。夏休みなど長期休暇のあるときは特に忙しく、休みがほとんどないような勤務体勢ではたらいたことも。結果を求められ、教育とビジネスどちらも成り立たせることが求められる塾講師というしごと。始めた頃は「教え込むことに一生懸命だった」と言います。塾の方針と自分の理念とが合わないこともしばしばあり、教育観の違いを感じながらの指導にストレスを感じることも増えてきました。
少人数に対して教える塾と、集団に対して教える塾、両方のスタイルをかけ持ちしてきた鈴木さん。「自分自身の教育観をはっきりと自覚するのに時間がかかった」そうですが、経験を積むうちに、少人数に教えたいとの思いが強くなりました。「子どもの個性に合わせた指導をすれば、それぞれ自分で育っていくものだということが分かってきたことが大きいですね」。
必要な情報を与えて見守ること。自分で考え、自発的に工夫が出来るよう促し、子ども自身が選んだと思えるように導くことーーー。長い経験から子どもに教えられ、育てられてきた自分の教育観を、授業に生かしたい、という思いがふくらみ、開業を決意します。
パートナーと協力しあいながら
「地元である小金井の子どもに教えたいと思ったので、市内からのアクセスのよさが条件でした」。不動産屋をあちこち回ったものの、ピンとくる物件には巡り会えず、たまたま知人の紹介で内見したのが今の場所。東西に走る“はけ”によって坂上と坂下にエリアが分かれる小金井市ですが、この場所はどちらからでもアクセスしやすく「すべての条件を満たしていた」ことから即決しました。
同時に創業支援スクールにも通い、塾経営の事業計画を立てました。開業することは受講前から決めていましたが、創業を目指す仲間から刺激を受け、視野も広がったことで、開業へのはずみになったそうです。
塾の名前は、パートナーの佳子さんが命名。パンフレットの制作や生徒募集など、「妻の協力なしではとてもやっていけません」と語る通り、二人三脚で運営しています。
自分らしく、社会に貢献したい
ひとりひとりと向き合うことが出来ることは少人数教室の良さですが、経営的には厳しい面もあるそうです。しかし、自分の信じる指導を深化させることに注力できる環境をつくったことで「より自分らしくいられるようになった」と感じられるメリットはとても大きいものです。自分らしいやり方で、少しでも社会へ貢献したいとの思いも出てきました。
どんなときにやりがいを感じるか尋ねると、「適切な言葉をかけることで子どもが自分から工夫するようになったり、悩みが軽くなったりする様子を見るのはうれしいですね」とのこと。最近は、勉強が苦手な子どもへの指導の必要性を感じ、研究していきたいとも。「ひとりひとり違う子どもの、それぞれの持つ可能性を引き出すことに力を入れていきたい」と話す鈴木さんの表情には純粋に、教えることのよろこびにあふれていました。(安田)
はけの道学習室
鈴木 祐輔
1970年 東京都小金井市生まれ。学芸大学付属幼稚園、小金井本町小学校、小金井第一中学校、武蔵野北高校を経て、慶應義塾大学文学部卒業。塾での指導歴19 年。2016 年3月、小金井市に「はけの道学習室」を開校。
https://www.facebook.com/hakegaku/