郊外のしごと
水引デザイナーが結ぶ故郷と世界
紙単衣 -kamihitoe-
小松 慶子
楽しみながら水引の魅力を発信する
そもそも聞き馴染みのない“水引デザイナー”という肩書き。きっと、幼い頃からその伝統に慣れ親しむ環境の中でキャリアを重ねて…きたのかと思いきや、小松さんから返ってきた言葉は「じつは、そんなに長く活動しているわけじゃないんです」という意外な言葉。どのようなきっかけで水引でしごとをはじめたのでしょうか。
「2015年に東京・西荻窪にある紙のギャラリーショップ西荻紙店(現・西荻ペーパートライ )で行ったイベントが最初のきっかけです。その当時は会社員をしながらインターンスタッフをしていたのですが、そこで紙作品の販売イベントをする際に、自分だからこそやる意味があるもの、そして見た目にもポップなものを…と考えていたら、私が生まれ故郷である長野県飯田市の特産品である水引のことをふと思い出したんです」
準備期間の3ヶ月の間、時間を見つけては“YouTube”の動画で水引の制作方法を学びながら技術の習得し、いざ迎えたイベントでお客さんから得られたのは、驚きや感心といった反応。ご祝儀袋以外で見たことがない人や、和紙で作られていることを知らない人も多く、水引の認知度の低さに大きな可能性を感じたそう。
ここで手応えを感じた小松さんは、水引にまつわる活動を本格的にスタート。自分自身に課した課題は、毎日水引のことを考える時間をつくることでした。そして、それをカタチとして残すためにInstagramでの発信を1日1回、欠かさずに続け、人に水引をプレゼントをする活動をはじめます。
「会社員でありながら無理なくできることをまずは続けようと。でも、Instagramの更新を毎日続けていると、水引の専門家みたいに認識されるようになっていったんです。また、友人やお気に入りのお店の方に、対象をイメージした水引をプレゼントすると、みなさん喜んでくれるから私も嬉しくて。また、このことがきっかけでお店から依頼を受けてワークショップの講座をもたせてもらうことになりました」
しごとをとるための営業と気負わずに、自身が楽しみながらできることを続けることで、それが水引の魅力を人に伝える効果的な手段になっていったのでしょう。
水引デザイナーとして自信をもてたしごと
Instagramでの発信とプレゼントの積み重ねで、自然としごとの依頼は増えていきました。ワークショップのみならず、京都のお寺や、企業からラッピング資材として依頼を受けるなど、その活動は多岐に渡ります。様々な人と取り組むことで、新しい発想が生まれる受注のしごとは、緊張感を伴いながら自身の制作意欲への栄養になっていると小松さんは話します。その中でも、とりわけ水引での産地である故郷の長野県飯田市でのしごとは特に印象に残っているしごとなのだそう。
「2017年の後半に、「スパイラル水引」という商品開発に関わらせていただいたご縁で、東京と飯田が行き来する生活を送っていました。いわゆる二拠点生活ってやつですね(笑)。このしごとを通して、水引シェア日本一の街・飯田をもっとたくさんの人に知ってもらいたいと考えるようになりましたね」
飯田市の企業が、満を持して取り組むこのプロジェクトは大きな注目を浴び、その結果、水引が多くの人の目に触れることになったそうです。
「会社に許可をいただいて複業も実践できたし、テレビや新聞というメディアにもたくさん載せてもらって。背筋がピンとする感じがありました。ここで関わりを持った人達のためにも、これからちゃんとやらないとなって」
今後、水引が認められるほど、自分と飯田との繋がりが強くなっていく気がすると話す小松さん。これまでの小さな商いだけでは味わうことのできない達成感とともに、このしごとを通じて「はじめて水引デザイナーになれた気がした」と振り返ります。
シェアスペースでアトリエショップをはじめる
もともと西荻紙店でインターンをしていた時期から、イベントだけでなく、常設で作品や商品を置きたいという想いが強くなっていった小松さんは、この春から小金井のPO-TOに紙単衣のアトリエショップをスタートさせます。
「これまで、自宅をアトリエ兼倉庫として活用していたのですが、様々なしごとを進めていくうちにどうしても手狭になってきてしまって…。それで新しい物件を探していたんですけど、せっかくなら閉じたアトリエではなくて、開けている場所にしようって。そうすれば、商品や作品をを置きたいという欲求も解消できるなって思ったんです」
はじめのうちは長野でお店を開くことも検討していたと言う小松さん。しかし、東京に水引専門店がないことや、2020年のオリンピックに向けて日本の伝統文化が改めて注目されるこのタイミングは大きなチャンスと捉えました。
「東京に自分の場所を持てるということには大きな意味があると思うんです。海外に水引を発信する絶好のチャンスですよね! ただ、スタートアップの時は、都心で路面店や雑居ビルの一角とかにお店を構えるよりも、郊外のシェアスペースの方が入居者同士で支え合っていけそうかなと思って。土着心というか地域愛みたいなものは、田舎出身の血が騒いだのかもしれません(笑)」
経済の中心である東京の、喧騒から離れた郊外。ここは、とても恵まれた環境だと小松さんは朗らかに話します。
水引デザイナーであるために
この春、会社員人生を卒業して、自身のこれまでの活動の延長線上として拠点を構える小松さん。この大きな転機の渦中でこれからのしごとに対する展望を伺いました。
「まずは、ワークライフバランスならぬワークワークバランスを落ち着けたいという想いがあります。これまでは会社員という生活の中で、どうにか水引と向き合える時間を捻出してきたので、できることにどうしても限りがありましたから」
自身がチャレンジしたい制作も、企業や地域のプロジェクトなどの依頼が入れば、そちらを優先的に取り組んでいたこともあり、やりたいことは積み重なっていくばかり。このタイミングで整理したいと話します。
「まずはアトリエを開けた場所に構える意味をしっかりと持たせたいですね。販売できる作品を置いたり、ハンドメイドの需要も多いので水引素材の販売もしたいですね。一方でネット通販にもこれまで以上に力を入れていきたいですし、オーダーメイドの受注ももっと受けていきたいですね。あと、創業スクールに通っていた頃から掲げていた目標である、ご祝儀袋のリメイクサービスという構想もあって…」
水引への情熱は燃え上がるその反面で、「収入の手段はいくつあってもいい」そして「それが水引の活動の下支えにもなり得る」と考えのもとで、WEBデザイナーのしごとはこれからも続けていくつもりなのだとか。
「これまで、デザイナーとして様々な人とのコミュニケーションの中でしごとに取り組んできました。だから、人としごとをしたいという願望が根底にあるんだと思います。そうじゃないと息が詰まりそうで。そういう意味でも、水引デザイナーという肩書きを名乗ったからには、たくさんの人との関わりを大切にしながら、この職業の認知度を上げていきたいですね」
水引を通して故郷に誇りを持ち、そして獲得した自身のアイデンティティ。水引の素晴らしさをたくさんの人に伝えたいと願い前進していく水引デザイナー・小松さんがつくる故郷と世界のつながりは、そう遠くない将来に強い結び目となり、日本人の誇りとなっていくことでしょう。(田中)
紙単衣 -kamihitoe-
小松 慶子
長野県飯田市生まれ、東京都在住。2015年 オリジナルブランド 紙単衣 -kamihitoe- を立ち上げる。都内でのワークショップを開催や、京都府・正寿院での水引猪目(ハート)お守り、水引ゆびわの制作、企業の商品開発プロジェクトにも多数参画。2018年5月東小金井のPO-TOにてアトリエショップをオープン。
https://kamihitoe.theshop.jp/