郊外のしごと

一覧へ

Interview
vol.18

オンリーワンの車椅子をつくる

オンリーワンの車椅子をつくる

車いす工房 輪

浅見 一志

無名のしごとを肩書きに

電動車いすとの出会い、はたらくことになった経緯、そして起業に至るまでの、天職を見つけた一人の男性の物語をお届けします。

すでにある電動車いすを提供するのではなく、利用者にあったものを届ける。ユーザーと関係が深いのも納得です。

直感が導いた運命のしごと

工業系の高校、専門学校を卒業した後、新卒として3年ほど勤めたのは、学生時代に培ってきた学力が活かせる半導体製造装置の機械設計をする会社でした。退職後、「日常生活で話しをしたり、出会う機会がない人たちと接してみたい」という思いを抱くようになり、障害者ヘルパーのアルバイトを始めます。このことがきっかけとなり、車いすの製造・販売・メンテナンスを行う有限会社さいとう工房への再就職を決めます。

重度の障害を持つ人が、補装具のひとつとして使用している電動車いす。既製品ではなく、使う人に応じてカスタマイズされていることに「こんなしごとがあるのか」と感動したと同時に、「電動車いすは、道具ではなく使う人の体の一部。誰かのケアを必要としなくてもできることがたくさんある」ことに興味を持ち、それを“自ら手がけたい”という強い感情に駆り立てられたそうです。

改造するために必要な情報がびっしりと書き込まれたノート。

転職で出会った天職

補装具はもとより、電動車いすの仕組みや販売方法の知識も皆無だった浅見さん。転職後は、電動車いす、それを使う利用者と向き合うことに多くの時間を注ぎました。依頼があると打ち合わせを行う。1度ではなく、必要があれば2度3度…と何度も行う。メーカーが販売する既製品をベースにカスタマイズすることもあれば、大幅に作り直しをすることも。完成した電動車いすを納品して終わりではなく、実際に使ってみたからこそのリクエストも出てきます。

ただ目の前のことに真摯に向き合い、着実に技術や知識を身につけていく浅見さん。次第に「使う人の“できる”をひとつでも多くすること、“できる”が当たり前になること。電動車いすを利用する人の生活だけではなく、人生をも変えられる職業なのだ」という確信を抱くようになり、電動車いすを利用する人に携わることが天職となったのです。

東村山駅から徒歩10分。住宅地の中にある事務所兼工房。

私生活の変化が導いた独立

電動車いすに関わるほとんどの業務を担当し、たくさんの人に出会い、話すことで生まれた浅見さんの生き甲斐。あれでもない、これでもないと模索を繰り返す製作、長時間の打ち合わせ…しごとが中心の生活を送る中、私生活において大きな転機を迎えます。

生活の拠点を都心から奥さんの地元である東村山市へ移すことになり、はたらき方を見つめ直した末、7年勤めたさいとう工房を退職。自宅からほど近い場所に車いす工房 輪を立ち上げます。浅見さんにとって、しごとも家族もどちらも切り離せない大切な存在。より密に、身近であるために必然の選択でした。

社会と叶える障がい者の暮らし

電動車いすを改造するという、世間一般的に知られていない業界に足を踏み入れ、はたらくことを選んだ浅見さん。会社員から経営者へ。これからの福祉業界を豊かにするための持論と想いを伺いました。

電動車いすで必要なパーツも既製品では対応できないことが多いため、自ら調整を行っています。

車いす工房 輪の誕生

2007年8月、生活拠点でもある東京都東村山市にて産声をあげた車いす工房 輪。自宅から事業所までは、車で5分以内、徒歩でも10分圏内です。職場が近くなり、家族との時間がしっかり持てるようになった浅見さん。前職の社長の計らいで担当していた多摩地区のユーザーをそのまま引き継がせてもらえたことで、しごとにおいてもより身近に、より丁寧なサービス、ケアが行える環境になっていきました。現在も“距離感も関係性も近く、この世に一台しかない、オンリーワンの車いすを作り続けたい”という起業時に掲げた揺るぎない経営方針を重要視し、依頼を引き受けているのは多摩地区在住の方に絞っているのだとか。

座面のシートも手作業です。

「独立してメリットしかないですね」と、浅見さんは清々しすぎる笑顔で話します。とはいえ、独立してからの数年間はスタッフを募集することなく、日常の業務、会社運営など、何をするにもすべて浅見さんひとり。会社員時代に比べ、通勤時間等の問題は解消できたものの、やるべき作業はより一層増えています。「確かに大変なことは多いです。使う人のニーズに合った電動車いすを完成させるのも難しいし、納品後のメンテナンスも…事業として儲からないのも事実です」と、苦労や悩みは尽きない様子。

ミーティングも和やかな雰囲気で行われていました。意見が言いやすい現場であることも大切だと言います。

はたらく仲間とその家族も大切にする職場づくり

現在、スタッフは4名。過去に勤めていた人も含め、全員がこの業界のことを知らずに入所しています。一緒にはたらく仲間を探す時に浅見さんがもっとも大切にしているのは、“経験値や手先の器用さではなくコミュニュケーション力があるかどうか”。「知識や技術を身につけるのは、経験すればいいこと。職人として優秀な人であっても、使い手と作り手が対等に話せ、意見できないと理想とする電動車いすは完成しません」と、自らの経験をもとに未経験者でも積極的に採用しているそうです。

そして、自身の会社員時代の経験から、給与、福利厚生はしっかりとしたものにしておきたい、さらに結婚をしていても子供がいても働きやすい職場でありたいと話します。「しごとも大切ですが、プライベートも同じくらい大事。遊びの予定でも『子供が体調を崩した』という急用であっても、代休、早退、中抜けをしてもらって全然構いません。そういうことを言いにくい環境には、今後もしたくないですね」と、スタッフも自分自身も軽やかに、のびのびとはたらける環境を心がけています。

「もっともっと、たくさんの人からの客観的な意見が聞きたい」と言う浅見さん。現状に満足せず常に先を見据えています。

電動車いすを多くの人に知ってもらうブランディング

つくる人、使う人、その周りにいる人…それ以外の人には、知名度が低い業界。だからこそ、できることがたくさんあると浅見さんは痛感しています。「電動車いすを使っている人でも『こんなことができるの?』『あんなこともできるの?』って、驚き、喜ばれる方が、多いんです。電動車いすがあることで自分の能力を底上げし、ひとつずつできることを増やしていく。今より快適な生活が送れることは、決して特別ではないと広めていきたいです」と期待を膨らませる一方で「ごくごく一部の限られた人にしか知られていない業界のため、今後そういった分野への一人当たりの予算が少なくなっていくのでは…」と、現状の福祉制度への危機感も感じているそうです。

また、経営者としてはたらく側の人たちについても思うことがありました。この業界を知ってもらい、興味を持ってもらうにはどうすればいいか。長く勤められるようにするには何を改善していく必要があるのか。天職に出会い、経営者になった浅見さんは経営者という枠を超えて、業界全体のための次に繋げる一歩を探しています。

電動車いすの車輪、人と人の輪といった意味合いから付けられた事業所名の“輪(りん)”。浅見さんが発信した輪が、時間をかけて少しずつ大きな輪に。現場スタッフであり、経営者でもある浅見さんだからこそ、明るい電動車いす業界が切り開けるのかもしれません。(新居)




車いす工房 輪
浅見 一志
東京都東村山市を拠点に電動車いすの販売、修理、メンテナンスを行う。利用者からの声を元にオリジナルの福祉商品開発と販売にも力を入れる。公式HPのブログ、Facebookでは、車いすに関する情報だけでなく、スタッフの日常が垣間見られる記事も公開。

http://koborin.com/

本記事は、そばで はたらく” をテーマにこれからのはたらき方を考える「ウェブメディア リンジン」で2018年2月26日に公開したものです。

http://rinzine.com/

一覧へ戻る

ページの先頭へ