郊外のしごと

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Interview
vol.15

2店舗目を共同経営するふたり

2店舗目を共同経営するふたり

CHILL

倉科 聖子/阿部 裕太朗

お互いに同じ空き店舗に関心を寄せていたことを知り、「一緒に何かやろう!」と盛り上がったという倉科さん(右)と阿部さん(左)。

“軽やかに”店を始める

わずか1ヵ月あまりの準備期間で店をオープンさせた倉科聖子さんと阿部裕太朗さんのお二人。スピードオープンの秘密は、「枠にとらわれない」「自宅としごと場との距離感」にあるようです。

偶然の縁を逃さない
東京都小金井市のヴィーガンスイーツ店「フォレスト・マム」を営む倉科さんと、ギャラリーカフェ「シャトー2F」の店長 阿部さんは以前からの知り合いで、「マム」「ゆうちゃん」と呼び合う仲です。今年4月、阿部さんは通勤途中で毎日見かける店舗に“借り手募集”の貼り紙がされていることに気付きました。その店舗の立地は、JR中央線 武蔵小金井駅 南口近くの賑やかな通りから1本入った裏通りで、店舗のすぐ横には300年前に建立された六地蔵と、地下水の湧き出る深井戸があるという一風変わったもの。「その時点でもう1軒店を持つなんて全然思っていなかったけど、この場所が超面白いと思って」という阿部さん、すぐに大家さんに連絡を入れました。

ちょうど同じとき、同じ道を出勤経路とする倉科さんも、まったく同じ行動を取っていたのです。「マム店オープンから3年が経って、次に面白いことはないかなと考えている中での出会いで。この場所を狙っている人はいっぱいいる! という直感がして、とにかく早く連絡しなきゃ、って気持ちだったの」と倉科さんは振り返ります。そして二人は、「ねぇ、あそこ知ってる?」「空きが出ているみたいだよ」という話題になり、二人とも連絡を取っていたことが分かると「じゃあ、一緒にやろう!」と話が進んでいきました。

火曜日〜金曜日、午前10時〜売り切れまで「mignon(ミニョン)」という屋号で倉科さんが作る無農薬・無肥料の地元野菜を使ったベジバーガーとスープを販売。瑞々しいフレッシュさにあふれています。

店をつくりながら、イメージを形に

すでに1店舗を経営し、次にまた“何かやりたい”と思ってはいたものの、“何をやるか”までは具体的に考えていなかったという二人が、どのようにして2店舗目をつくり上げていったのでしょうか。

阿部さんは、1店舗目の営業を終えて、自宅へ帰る途中にあるCHILLを夜間に開けます。店で出すコーヒーはお客さん自身がミルでガリガリと挽く。メニューにあるパンケーキも、その日にある材料で阿部さんがアレンジするというもの。最初からこのスタイルにしようと決めていたわけではありません。「新しい店の企画書を書いていたらこんなに早くオープンできなかった」と笑う阿部さん、“もわ〜んと眠くなるような明かりの中で、みんなで豆を挽いている”という頭の中にあったイメージを、店をつくりながら形にしていきました。

一方の倉科さんは、本店と位置付けているフォレスト・マムの営業時間とほぼ同時刻に、姉妹店としてmignonを開けています。だから、倉科さんは基本的に店には立ちません。CHILLオープン当初、倉科さんも1店舗目の営業を終えた後に店に立ったことがありました。しかしそれは、体力的に「しんどい」と感じたそうです。そこで、同じ市内で手作りパンの店「ファンタジスタ」を営む浅野さんに協力を打診。倉科さんの作るベジバーガーにファンタジスタのオリジナルバンズを使ったり、白神こだま酵母を使ったパンなど魅力的な同店のパンも販売することで、本店と姉妹店をうまくまわす形が出来上がりました。

水曜日〜日曜日の21時〜深夜0時までは「cobalt(コバルト)」という屋号で阿部さんがコーヒーとパンケーキなどを提供しています。瑞々しくフレッシュな昼の顔から一転して、高層住宅の谷間でキャンドルの灯りがゆらめくメロウな雰囲気のカフェに変貌。 6月からは、阿部さんの早起きが続くまで(!)としながら、毎週土曜日の早朝6時〜9時に抹茶を楽しむこともできます。

2店舗目が心を軽くする

2店舗を経営することについて阿部さんは、「割と最近ですが、こうあるべきという思い込みにとらわれないで好きなことをやろう! という気持ちになってからは、感覚でしごとをする方がうまくいくようです。1店舗だけだった時は、そこで稼がなきゃという意識が強かったけれど、気まぐれに開けるような2店舗目の存在で、少し肩の荷が下りた感じがあります」と話してくれました。

倉科さんも、2店舗目を持つことで精神的なゆとりを得られたといいます。「仕事量は1店舗だけのときから少し増えたけれど、mignonでファンタジスタさんに売ってもらっていることで、同志が増えて心強くなったという感覚ね」と微笑みます。常に自身のはたらき方について考えているという倉科さんは、「格好いい自分でいたい」と目指すスタイルを持ち、時間や仕事量などを調整しています。

店内はほぼ前の店のままでオープンさせたので、インテリアも進化中。お互いのセンスを生かしながら、好きなもの、素敵だと感じるものでどう店をつくるか。CHILLはまだまだ変わっていきます。

自宅としごと場のほどよい距離感

そんな二人にとって、楽しくしごとをするためには、自宅としごと場の距離も大事な要素です。阿部さんも倉科さんも、自宅、1店舗目、2店舗目の3つが徒歩圏内。以前、自宅で喫茶店をオープンされたご主人を手伝っていた倉科さんは、「2階の自宅から1階の店に下りていくだけなのに、通勤用のバッグを選んで出かけていたのよ」と明かします。自宅としごと場が近過ぎても気持ちを切り替えられないという倉科さんにとって、自宅を出て店まで少し歩く今の絶妙な距離感がぴったりきています。

一方で阿部さんは、半分店、半分家というような居心地をお客さんに感じてもらいたいと思っているので、倉科さんの話を聞いて「自宅と店が同じ建物は憧れ!」と目を輝かせますが、自宅から5分の距離に店がある今の状態も、心地よいはたらき方につながっているようです。

考え過ぎたら、はじまらない

日中は、倉科聖子さんが地元野菜を使ってフレッシュなベジバーガー&スープの店「mignon」を、夜はコーヒーの豆をお客さん自身が挽くスタイルのカフェ「kobalt」を阿部裕太朗さんが営むCHILL。同じ店でも、店に立つ人や売るものでまったく違う表情を見せるCHILLは、倉科さんと阿部さんのはたらき方の違いから自然に生まれた、新しいスタイルの飲食店かもしれません。今回はお二人のはたらき方への想いを伺いました。

「心強い同士」と倉科さんが信頼を置く、手作りパンの店 ファンタジスタの浅野さん(右)。mignonの店頭は、浅野さんが守っています。

10年後にありたい姿からはたらき方を考える

倉科さんと阿部さんのはたらき方は対照的です。倉科さんは、日中は本店のフォレスト・マムと姉妹店のmignon双方に目配りし、18時に本店を閉めるとすぐに帰宅すると決めています。一方の阿部さんは、シャトー2Fの営業を終えてから、さらに深夜までkobaltの店頭に立っています。そのはたらき方の違いはどこからくるのでしょうか。

倉科さんはかつて、看護師、喫茶店のママ、主婦と二足も三足ものワラジを履いてはたらいていました。「当時は子どもたちを育てるためとか、家のためとか、普通の女性が考えるような理由ではたらいていたの」という倉科さん。4人のお子さんが独り立ちし、転機を迎えます。「自分の時間を持てるようになって、何のためにはたらいているのかを考えることが増えてきて。目一杯はたらくことが格好いいとは思わなくなった」と話します。

そして、生きていて嬉しい、楽しいと感じられるはたらき方に変えようと2014年、好きだったお菓子づくりに専念できるフォレスト・マムをオープンさせます。

10年後は今と同じようなはたらき方は絶対できないから、どんな自分でありたいか、どんな暮らしをしていたいかを倉科さんは常々考えています。10年後にありたい姿に近づくために、何か面白いこと、楽しいことはないかといつもアンテナを張り、しなやかにはたらき方を変えていっているそうです。mignonを始めたのも、その流れの中でのことでした。

お客さんが自分で挽いた豆を受け取ると、阿部さんが丁寧にネルドリップでコーヒーを淹れます。そんな合間に聞こえるお客さんたちの会話に、「人生の先輩がたの言葉は深い!」と日々感じるそう。

“しごと”と捉えないはたらき方

中学生のころから人に何かを振る舞うことが好きだったという阿部さんが、飲食に関わるしごとに就いたのは自然な形でした。阿部さんがつくるランチやスイーツ、ドリンク類は、味はもちろん、天然の発色やコントラストの鮮やかさに心を奪われます。

1店舗目のシャトー2Fの店長を任されて約2年、ようやく、やりたいことができるようになってきたと阿部さんはいいます。「シャトー2Fを始めたとき、“こうしたい”という店のイメージが全然思い浮かばず、“こうあるべき”という思い込みにとらわれちゃって、すごくずっこけたんですよ」と笑います。

そんな経験もあって、CHILLで店を開けることは「しごとではなく、趣味の一環」という意識を大切にしています。「実際に、友達がうちに来てお茶しているという感覚なんだけど…。しごとだ! と思うと急にやる気がなくなっちゃって」。そんな阿部さんの醸し出す空気が店を包み込んでいます。店を訪れるお客さんは意外にも一見さんが多いそう。一見さん同士が小さな店の中でコーヒーを味わう間に、共通の知り合いがいることがわかり、そこから話が盛り上がるーーそんな展開をカウンターの向こうから眺めるひとときが、ものすごく面白い、といいます。

お互いの考え方を尊重し合っている倉科さんと阿部さん。はたらき方は対照的ですが、CHILLへの想いは重なっています。

日常の、些細な話題ができる場に

CHILLの隣には地下水の湧き出る井戸があり、近隣の人たちが普段着で水を汲みに来るような、生活に密着した場所です。道路に面して扉のない出窓式の店が開放されているので、店の前を行き来する人たちと「こんにちは」「今日は帰りが遅いのね」といった何気ない会話が交わされています。

倉科さんも阿部さんも、ちょっぴり気取って入るカフェもいいけれど、CHILLは地域に住む人たちの日常に溶け込んだ場に育てていきたいと考えています。ごくごく日常の話題を話す相手とつながれる場、つながった人たちと情報交換ができる場——そんな場になっていくことを願っています。

それと同時に、「考え過ぎないで!」というメッセージも発信していきたいそうです。お二人のCHILLを見て、「店って案外、簡単に始まるんだな」とか、「人とつながることで、新しい展開が起こるんだな」と感じてもらえれば、どんどん楽しいことが広がっていくのではと心を弾ませています。

飲食店経営のほかにもケータリング、イベント開催、各種イベントへの出店、カルチャースクール講師など市内外で活躍している倉科さんと阿部さん。とびきりの美味しさと美しさのセンス、そして温かな人柄のお二人に、多くのファンがいるというのもうなずけます。これからも、新しい形の“何か”をつくり出し、たくさんの人たちをつなげていってくれることでしょう。(大垣)




倉科 聖子
看護学校卒業後、看護師として勤務。自身の子どもに食べさせたり、友人たちをもてなすことからスタートしたスイーツづくりがいつしかしごとに。長年、ご主人が経営する喫茶店を手伝った後、2014年7月にヴィーガンスイーツ専門店「フォレスト・マム」をオープン。今年6月、CHILLで「mignon」としてベジバーガー&スープの販売を開始。
http://forest-mam.on.omisenomikata.jp
https://www.facebook.com/forestmam/


阿部 祐太朗

ギャラリーカフェ「シャトー2F」のアルバイトとしてはたらいていたところ、2年ほど前に店長を任される。カフェとして本格的なランチ、スイーツの提供の他に、人とのつながりを生む場となるようギャラリー、ワークショップ、ライブなどさまざまな形態のイベントを開催している。今年5月からCHILLで「kobalt」として夜カフェ、朝抹茶(週1回)をオープン。
https://www.facebook.com/pg/chateau2fcafe
https://kobalt.themedia.jp/

※お2人が営業されるCHILLは2017年12月をもって営業を終了しています。それぞれの営業情報は、フォレスト・マム、kobaltのホームページやSNSをぜひご覧ください。
今後、CHILLは場所を変えての再開を予定されています。また、阿部さんは別拠点TUNEもオープンされています。

CHILL
https://chill-koganei.shopinfo.jp/
TUNE
https://tune-koganei.shopinfo.jp/

本記事は、そばで はたらく” をテーマにこれからのはたらき方を考える「ウェブメディア リンジン」で2017年6月26日に公開したものです。

http://rinzine.com/

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