郊外のしごと

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Interview
vol.

日本茶を茶畑から海外へ

日本茶を茶畑から海外へ

小野章子

小野章子さん。自然体な雰囲気がとても魅力的です。

起業が身近になった1年の充電期間

エンパピリオは2015年に設立。以前は外資系IT企業のAmazonに勤めており、起業は小野さん自身にとっても想定外のことでした。

「実は会社を興す1年前に退職した時は、その後の予定を決めていませんでした。会社と家の往復で過ぎていく毎日に、正直疲弊していたんです。少し落ち着いて自分を見つめ直す時間が欲しくて、一度リセットすることにしました」

充電中にはこれまで忙しくてできなかったことをしようと、学生時代の友人にも積極的に再会しました。そこで知ったのは独立して自由にはたらく、かつての仲間の姿でした。

「さらにその縁で、フリーランスや起業した人たちのコミュニティを紹介してもらいました。驚きましたね。こうしたはたらき方があるのかと。みなさんとっても生き生きしていていたのが印象的でした。自分のやりたいことをしごととして実現している人たちの姿は、とても魅力的に映りましたね」

ドライブで日本の各地を回るのが好きな小野さん。長野県・木曽の酒蔵にて。

会社に属さないはたらき方に興味を持った小野さんは、自分の好きなことをしごとにできないかと考え始めます。真っ先に浮かんだのは、趣味のドライブ旅でした。

「いろんな地方に行きましたが、地域の日常に触れるが楽しくて。特に道の駅での買い物が大好きでした。地元ならではの食材との出会いに、いつもワクワクして。一方で、その地域以外ではあまり周知されていないことが、もったいないなあと感じていました。そこで市場を広めるお手伝いができればと、考えるようになりました」

日本に限らず海外においても、和の食材のおいしさに魅了される人はたくさんいます。そして販路が広がれば、つくり手にとっても経営の安定につながるはず。小野さんは日本の食材と世界のマーケットをつなげるビジネスを、自分で立ち上げることにしたのです。

設立当初から海外のバイヤーや生産者とのコネクションがあったわけではありません。まずは情報発信からと海外向けのサイトCupidoを開設し、日本の食材を紹介することを始めました。マーケティング部門で働いていたことはあるものの、Webマーケティング実務は未経験。サイト解析を独学したり生産者に取材を申し込んだりと、会社員の頃にはほとんど経験しなかったことにも小野さんはトライしました。

ふるさとグローバルプロデューサーでは、視察研修としてロサンゼルスにも足を運んだ。写真はカフェで見つけた茶葉のプレゼンテーション。

軌道に乗るきっかけは偶然の重なり

転機が訪れたのは、起業しておよそ半年後のこと。入居していたコワーキングスペースの懇親会で、ある企画を紹介されます。それは中小企業庁による、ふるさとグローバルプロデューサー育成支援事業でした。地域資源をブランド化し、国内外へ販路を広げる人材の育成プログラムで、まさに小野さんのやりたいことと合致していたのです。

小野さんは迷うことなく参加を決意。研修を通じて行政とのつながりもでき、扱う商材も食材のほかアパレルや化粧品など多様に広がりました。今では北海道から九州まで、全国各地のプロジェクトに参画しています。

小さく商いを始めたいという人や、地域とつながりながらビジネスを広げたいと考える人たちが入居する。

当時を振り返り、小野さんは“偶然の重なり”がチャンスにつながったと話します。コワーキングスペースへの入居も、ちょっとしたきっかけによるものだったからです。

「実は起業した直後は、そうした施設があることも知らなくて。たまたま家の近くの公民館でリーフレットを見かけて問い合わせたんです。自宅で黙々としごとをしていたら、ふるさとグローバルプロデューサーとの出会いもなかったかもしれません。不思議ですね」

もちろん設立当初からWebサイトを立ち上げたり、生産者とのつながりを築いたりと、コツコツとできることを進めてきました。しかし小野さんの好奇心が、事業を軌道に乗せたのは確かです。

事務所でパソコンを開く小野さん。笑顔に余裕が感じられます。

日本茶を欧米のヘルシードリンクに

そして小野さんはこれまでの経験を活かし、新たなビジネスに着手しています。日本茶の海外向けブランディング事業です。ふるさとグローバルプロデューサーの研修に参加していた時から日本茶に注目し、小野さんはアメリカでの販路拡大を模索していました。茶農家の収益構造のいびつさを解消したいと考えたからです。

「お茶は一番茶が最も高値で取り引きされ、茶農家の収入の8割を占めるといわれています。しかし実際のニーズは、二番茶や三番茶に集中しています。ペットボトルの茶飲料の購入が拡大する一方、急須でお茶を淹れて飲む習慣が減ってきているからです。けれどもこのまま一番茶の流通量が縮小すると、茶農家のみなさんの生活が不安定になり、日本茶自体の存在が危うくなります。解決策として海外へのブランディングを検討していた時に、静岡の茶農家さんとのご縁がありました。オーガニックにこだわり、良質な茶葉をつくる農家さんです」

健康志向の高い層にターゲットを置き、ブレンドティーやフレーバーティーなど、欧米人の嗜好に合わせた商品をラインナップ。ECサイトでの展開と並行して、現地のカフェや飲食店、ヨガスタジオやスパなどのウェルネス施設での販売をめざしています。

事務所に併設したショースペースは、手づくりのPOPや装飾で日本茶のさわやかさを演出。

小野さんはデザイナーやフードコーディネーターの力を借りながらも、現地調査やマーケティング戦略、諸外国への手続きなど、海外展開に必要な準備を一人で進めています。これは小野さんにとって大きな実験です。

「まずは商品化から販売までのプロセスをひととおり自分で実行しているところです。うまくいったことも失敗したことも含めてノウハウを蓄積し、生産者やメーカーのみなさんが自分たちで取り組める仕組みを整備したい。海外展開がもっと身近になれば、つくり手の可能性はもっと広がると思っています」

小野さんが手掛ける日本茶ブランドは、数カ月後に発売を開始。その頃にはアメリカ市場を席巻しているかもしれません。

店の前に飾る看板も小野さん手づくり。「趣味のトールペインティングがいきた」と話す。

ダメと思ったら軌道修正すればいい

そして小野さんは今年に入り、机をシェアし合うコワーキングスペースから事務所が区画化されたシェアオフィスへとはたらく場を変えました。以前のしごと場のすぐ隣です。商品開発を行いつつ、地域の人にも日本茶の魅力をアピールできる場所を求めたためです。

「茶農家のみなさんを応援するという意味では、別に海外市場にこだわる必要はないわけです。むしろ日本のみなさんにこそ、日本茶のおいしさは伝わるはず。幸いこの地域は“いいもの”なら少し高くても認めてくれる方も多いですから、場の相性もいいのではと思いました」

とはいえあくまでも気負いなく、できることから始めていくのが小野さん流。「今は什器のアクセントとなる小物を揃えたり、試飲できるお茶のアピールの仕方を検討したりするのが楽しい」と、小野さんは話します。

「はたらき方を変えて、家族との時間が増えたのが嬉しい」と小野さん。時間枠にとらわれず柔軟に対応できるところも自分に合っていると感じているそう。

自分が一生続けていきたいことをしごとにしようと、起業という道を選んで早4年。小野さんはこれからも、自分のペースで今のはたらき方を続けていきたいと意欲を見せます。そしてしごととの向き合い方に悩んでいる人には「まずは動いてみればいい」と、やさしく背中を押します。

「私も起業した当初は、拠点を構えたりブランド開発をしたりといったことはまったく想定していませんでした。けれどもやってみようと一歩踏み出したら、自然と道は開けた。はたらき方の正解は人それぞれですし、今は起業も小さく始められる時代です。試してみてダメだと思ったらやめればいいし、軌道修正すればいい。一度の選択で人生のすべてが決まるわけではないのですから」

海外との交流も多い小野さんは、「自由にチャレンジするほかの国の人に対し、日本人は何事にもきっちり答えを出そうとしていて、それが選択の幅を狭めているようにも映る」と話していました。

私たちは“はたらくこと”を、もっと柔軟に捉えてもいいのかもしれません。(たなべ)




小野章子
エンパピリオ代表。電機メーカーなどでエンジニア職、マーケティング職を経て、2007年にアマゾンジャパンに入社。PCソフトの配信事業の立ち上げと事業運営に携わる。2015年に退職後、エンパピリオを設立。自治体と連携し、地域資源や特産物の海外向けマーケティングや販売支援を手掛ける。日本の食品を海外に紹介するWebサイト「Cupido」を運営。

エンパピリオ
http://empapilio.com/

本記事は、Enjoy neighborhood!「ウェブメディア リンジン」で2019年7月31日に公開したものです。

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