郊外のしごと

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Interview
vol.

故郷の奄美を伝えるデザイナー

故郷の奄美を伝えるデザイナー

作江舞

「さんご商店」。店の向かいは郵便局という立地。

故郷・徳之島での生活を経て小金井へ

国分寺駅から徒歩で20分ほどの住宅街を歩いていくと、奄美の風が流れるお店があります。奄美群島の逸品と雑貨のお店「さんご商店」。吸い込まれるような真っ青な海と空の写真が島へと誘います。奄美群島の一つ、徳之島出身の作江舞さんがデザインのしごとと3人の子育てをしながらお店を営みます。

15歳で故郷の徳之島を出て、高校では鹿児島、大学では福岡、会社勤めでは東京といろいろなまちに住んできた作江さん。東京の印刷会社で5年間デザイナーとしてはたらいた後、徳之島に戻って実家の営む写真館で観光ポスターのデザインやパンフレットの制作に携わってきました。

「会社員だったときはデザイン作業だけをしていましたが、実家の写真館では打ち合わせから金額の話まで全部自分でやらなくてはいけなかったので大変でもあり、楽しくもありました」

徳之島で出会った大工の旦那さんと結婚し、第一子を出産します。大学がない徳之島で子どもを育て学校に通わせるのはお金のかかること。旦那さんの資格取得も視野に入れ、旦那さんの実家がある小金井に居を移します。

「最初は5年くらいしたら帰る予定だったんです。でも気づけば6年たっていました」と笑います。

「お店をやってみると仕入れや掃除など雑務が多いですね。楽しいですけど」と、店主の作江舞さん。「徳之島は意外と町と自然が離れているのですが、小金井は自然が横にあってすぐ近くで虫や魚を採ることができ、子育てにいいですね」

人や地域とつながる大切さに気づく

小金井市に越してきて、最初は辛さを抱えた時期もあったといいます。

「子どもが一歳半の時に小金井に来たんですが、周りに友達が全然いなくて。夫もしごとが忙しく早朝から深夜まではたらき、休みもとれない、帰れない日もあるような状況でした。大人と喋る時間が全然ないのが結構しんどかったんです」

子どもが保育園に入り、だんだんと小金井での生活になじんできたころ、コロナ禍に。多くの人が自粛生活に苦しむ様子を見て一つのことに気がつきます。

「人と喋れないことや家の中にずっといること、私が経験していたことって皆やっぱり辛いんだということがわかったんです。その時には辛いということも自覚できていなかったのですが」

もともと人との結びつきが強い徳之島で生まれ育った作江さん。人と人とのつながり、地域とのつながりの大切さを改めて実感していきます。

そんな中、コロナ禍でデザインのしごとが減ったこともあり、何か他にもしごとを始めたいと思った作江さん。アルバイトの面接にも行きますが、3児の子育て中で副業として外ではたらくのは難しいことに気づきます。

「いろいろ悩んで、自分でもう一つしごとをするなら、徳之島に関わることができたらと考えるようになりました。事務所兼店舗なら二つのしごとができるのではないかと」

ゼミ#5の初日の様子。「ゼミが土曜日だったので、子どもたちは保育園に預けてお迎えを夫にお願いしたり、同じサッカーチームのママに預けたりして参加しました」

地域に気軽に立ち寄れる場を

そして作江さんは、新しいしごとへの期待を膨らませ、“モノは試し”と物件探しをスタート。それをきっかけに、まちのインキュベーションゼミ#5「今こそ コミュニティの底力」参加へとつながっていきました。

「地域と人のつながりを生み出す事業を応援する内容に、単純に面白そうだなと。夫に相談したら、“何か新しい事が学べるかもしれないから行っておいで”と言ってくれました」

ゼミを通して、自分の思いと重なる“地域のコミュニケーションを大切にしたい”“コミュニティの場をつくりたい”という参加者の思いに刺激を受け、作江さんの夢が少しずつ前に動き出します。

作江さんが見つけた空き物件。もともとは美容院だったが、自分たちで改修し、生まれ変わらせた。

そして物件探しを続ける中で、家賃、家との距離、保育園との位置関係など、ベストなテナント物件との出合いが作江さんの心を大きく動かします。

「全ての条件が私にぴったりで、お店をやりたい!とはっきり思った瞬間でした。駅からは遠いけど家から近くて。スーパーはあるけど個人でやっているようなお店がない。ここにふらっと立ち寄れる場をつくりたいと思いました」

次第に、その場所でやりたいことのイメージもふくらんでいきます。

「徳之島町のふるさと納税のしごとで農家さんのハウスに伺いお話を聞いていたので、徳之島の頑張っている生産者さんをたくさん知っていたんです。おいしくて体にいい島の特産品を紹介していきたいと思いました」

建物は旦那さんの協力を得て改装。床と壁紙は東京でクロス屋を営む徳之島の同級生が担当してくれるなど、人とのつながりでオープンに向けて進んでいきました。

オンラインショップではお父さんが撮影に協力。徳之島で撮った写真が商品の魅力を臨場感たっぷりに伝えます。

「皆の協力があったからこそ、できたと思っています」

徳之島のバナナとサトウキビ畑。豊かな地で育った作物がさんご商店に届く。

生産者の思いがつまった奄美の品々を届ける

オープンから3カ月。「開店の2ヶ月くらい前から走り出し、それからずっと必死に走ってるみたいな感じです」と笑います。

店には作江さんが本当にいいと思ったものを生産者から少しずつ仕入れた逸品が並びます。奄美群島から船便で届けられるひとつひとつの商品に、生産者のこだわりと作江さんの思いがぎっしり詰まっています。

「果樹園の福留さんは古くから有機栽培をされていて島内で有名でした。ちゃんとお会いしたことはなかったのですが、商品の取扱いを電話でお願いすると、『あんたは伊仙(徳之島の地名)の子だから』と快諾し、サービスもしてくださいました。伊仙出身の母との思い出話も聞かせてくれ、亡き母がつないでくれた縁だと感じています」

「サトウキビ農家の叶さんの黒糖はお土産にもらって食べたらすごくおいしくて。あとでこだわりを聞いて二度感動しました。亜熱帯で虫が多いのに化学肥料やたい肥を使わず土づくりから行い、しかもサトウキビを一本一本、手狩りするなんて、そんな人いるの?って」

季節ごとにバナナやパパイヤなどの農産物も並ぶ。「徳之島ではバナナがその辺に生えていて。ここもジャングルみたいにしたかったんです」と、店内にバナナを吊るせるレールを設置。

徳之島での暮らしやしごとを通じて、自然に生産者さんとの輪も広がっていったと言う作江さん。一つの農家さんと知り合うと、また別の農家さんにつながっていく。そしてさらに、新しいつながりを広げていきます。

「好きな染色職人さんにSNSのメッセージを送って染物を取り扱いたいとお願いしたり、紙すきで封筒を作っている障がい者支援センターには白の封筒を作ってもらうようお願いしたり、ずっと体当たりですね。株式会社じゃないと取引しないと言われたこともありますが、一喜一憂してもしょうがないので気にしないようにしています。逆に大きな会社でも親切に対応してくれるところもあって、やってみるもんだなあと思いました」

そんな作江さんの前向きな行動力が実を結び、さんご商店を通じて奄美の品々が地域に伝わっていきます。

「タンカンとか新じゃがを置いていた時は同じ方が何度も来てくれて、大量に買ってくれました。『次はいつ何が来るの?』と聞かれ、少しずつリピーターの方が増えていくと、地域とつながっている感じがあってうれしいですね。奄美のお店は東京にあまりないので、奄美出身の方がSNSを見て遠くから来てくれることもあります」

買い物の練習になればと駄菓子は10円単位で販売。

地域で子どもを育てたい

作江さんはこのお店でもう一つ夢を叶えました。それは駄菓子屋さん。さんご商店には駄菓子も並びます。

「デザイン学校時代、『駄菓子屋のおばちゃんになりたい』と言っていたんです。その時から地域の場をつくりたいという思いがどこかにはあった気がします」

児童館や公園が近く、子どもが多い立地もあって駄菓子を通じて子どものお客さんが増えていきます。

「最近はお兄ちゃんが弟たちを連れてきて、全員分を一生懸命、計算して。どきどきしながら、値段がぴったりだった時にうれしそうなのがすごくかわいくて」

見ることが少なくなってきた駄菓子屋。スーパーとも違う、ちょっとしたおつかいの場は子どもにとって大切な居場所になっています。

駄菓子屋を開いた背景には、知らない土地での子育てで孤独を感じた作江さん自身の経験もありました。

「子どもに話しかける大人が地域に多ければ多いほどいいと思うんですよね。徳之島は皆で育てる感じなので、上の子は一歳半まで島にいて人見知りもありません。でも下の子は親以外に抱かれることもあまりなくて、寂しさを感じていました。関わる大人が多い方が子どもも楽しいし、母親にとってもいいと思うんです」

店主としてデザイナーとして母として

作江さんはお店に週6日来て、空いた時間にお店でデザインのしごとをしています。

「自宅でしごとをしていた時は、どうしても家事育児に使う時間が長くなってしまい、残ったしごとは寝かしつけ後の深夜にすることもありました。店舗を構えたことでオンオフがはっきりし、しごとは営業中にできるだけ終わらせているので、生活にメリハリが出てよかったです。家事に使える時間は減ってしまったのですが(笑)」

小学2年生の息子さんは販売に一役買っています。週2回は学校から直接お店に来て宿題をしたあと接客に。大好物のグァバドリンクは覚えた説明を交えながら「これ、とっても美味しいんだよ」と勧め、「子どもの言うことに間違いはない」と買っていくお客さんも多いそうです。

「長男は親以外の大人と接する機会が増え、挨拶も前より大きな声で自分からするようになってよかったなと思っています。ただ、土曜もしごとで子どもたちと接する時間が短くなったのは少し寂しいですね。下の2人は保育園での時間が長く成長を見逃してしまっていると感じることも多いので、これから時間の工夫をしてそれぞれの子との時間を作りたいと思っています」

これからも本業のデザインは続けつつ、今のしごとのスタイルでやっていきたいという作江さん。今後の展望をこう語ってくれました。

「『貫井南町のさんご商店』と言われるような、地域の方々に愛される店にしていけたらいいなと思っています。お店を通して徳之島の魅力ももっと伝えていきたいので、商品のバリエーションを増やしたり、商品を気軽に楽しんでもらえるようテイクアウトの飲み物を用意したり、期間限定でご当地おやつも置きたいと思っています。島で拾ってきた貝殻、さんご、シーグラスでワークショップなどもしていきたいですね」

小金井に住みながら徳之島の観光パンフレットなどの企画デザインを行い、電話の相手も島の人が多く「ずっと島にいるみたいです」と笑う作江さんには、ひそかに描く夢があります。

「本当は、東京と徳之島の二拠点居住が夢なんです。それぞれのよさがあり、子どもにいろいろな経験をさせたいんですよね」

そんな作江さんだからこそ、徳之島や奄美群島のいいものや今を届けられるのだと思いました。実際に口にすると奄美の品の質の高さに驚かされます。奄美の逸品を地域に届けてくれる、さんご商店は貴重な存在だと感じました。今、新しいはたらき方、暮らし方が生まれています。子どもが2つの場所で学校に通えるなど、子どもがいても2つの拠点を持ちやすい柔軟な体制があると、新しい可能性が広がっていきそうです。(堀内)

作江舞
さんご商店の店主。奄美群島の徳之島出身。中学卒業後、島を出て、鹿児島市の高校、福岡市の大学へと進学。東京の印刷会社で5年間デザイナーとしてはたらき、徳之島の実家の写真館で観光ポスターやパンフレット制作に携わる。結婚後、小金井に暮らし、2022年3月、奄美群島の逸品・雑貨のお店「さんご商店」をオープン。デザイナーとしてのしごとや小2・3歳・1歳の子どもを育てながらお店を営む。
https://www.instagram.com/sango_shoten/

本記事は、Enjoy neighborhood!「ウェブメディア リンジン」で2022年7月19日に公開したものです。

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